日本の英語教育を考える

小学校の英語が評価の対象になってほぼ一年経とうとしています。

初めの数ヶ月が休校になり、一時は9月から新学期にするなどの意見も世論を賑わせました。

今となっては懐かしさを覚えるほど教育関連では新型コロナによる休校等の影響は受けなくなって久しいのですが、そんな中でとても気になっていることが英語です。

思った以上に英語に関する変化が一般の人々に認識されていない気がしているので、今日はそのことに関して書きます。
あくまでも私の一意見なので参考程度にお読みいただけるとありがたいです。

まず小学校で行われている英語の授業に関してですが、ざっくり言うと聴くことが中心になります。
いわゆる生きた英語を小学生の段階で聴かせていこうというのが基本的な考え方なのです。
したがって文法に関する指導はありません。
ここで私が気になっていることがあります。
例えば小6の子がある日、学校の英語の宿題をやっていたのですが、その内容がなかなか難しいのです。
「あなたの将来の夢を英語で書きましょう」と言う課題でした。
文法を全くやっていないにも拘らず、英作文をさせることにかなりの無理を感じます。

案の定そのお子さんはどうやっていいか分からず、こちらが救いの手を差し伸べます。

「私は看護師になりたいです」を英語にする時に不定詞を使うことは避けられず、それを文法的に理解していないにも拘らず、宿題だから書かざるを得ません。

小学校の段階で600語から700語の英単語を習得せねばならないことは周知のとおりです。

この状況で現場レベルで懸念されるのは英語嫌いがますます増えそうだという予測です。

あくまでも勝手に私が思っているだけですが。

これが杞憂であればいいのですが、実際に件のお子さんは英語は意味が分からないから嫌いだと言っていました。

出来ることはいくつかあると思っています。

例えば英単語のテストです。

これを強化するだけでも英語嫌いは減るはずです。

覚え方が分からない子は個別で指導するのです。

詰め込み教育は良くない云々と言う意見があったりしますが、明らかに詰め込みを前提にしているのが現状です。

高いハードルを越えることを前提とした今の英語教育は今後益々、教育格差を広げる大きな要因になってしまうと確信している今日この頃です。

少なくともセルモ大磯国府教室ではそのような事態を回避すべく粛々と日々のやるべきことを行っています。

今日も笑顔で子供たちと向き合います!